神学

奴隷2:本来の意味と誤訳の由来

「あれっ??『キリスト・イエスの奴隷であるパウロとテモテから』?私の聖書では「ここは『しもべ』とありますよ!」と言われる方がいらっしゃるかもしれません。果たして、その日本語訳は正しいのでしょうか?前回、「奴隷1:聖書の誤訳と真理の隠蔽?」でdoulos(デゥロス)というギリシャ語の言葉が誤って「しもべ」と訳され、本来の意味である「奴隷」という言葉が、私たちクリスチャンの目から400年以上も隠されていたことをみました。今回は、このdoulosという言葉が持ち得る意味に触れて、本来の意味が「奴隷」であるという根拠と、「しもべ」と訳された由来について見ていきます。

1. Doulosの持ち得る意味

このギリシャ語のdoulos(デゥロス)という言葉はどれだけ新約聖書で使われているのでしょうか?doulosと、「同じ主人を持つ奴隷」という意味のsundoulosと、doulosの動詞系のdouleuoを含めて、約150回ほど使われています。KJVでは「Slave(奴隷)」と訳されたのはたった一度で、残りは「Servant(しもべ)」と訳されています。口語訳では、「奴隷」と訳されたのは37回ほどで、残りは「しもべ」と訳されています。

ちなみにギリシャ語でしもべの意味を持つ言葉は、少なくても6つはあります。例えば皆さんご存知の執事(deaconと訳されているdiakonosがそうです。

このdoulosという言葉が「しもべ」と訳されているということは、その言葉自体があいまいで、学者たちの間でも議論されている事ではないのかと、考えられるかもしれません。たしかに今の時代は、あいまいさを好みます。しかし、このdoulosという言葉は、奴隷という意味しかありません。奴隷という意味しか持ちえないことばです。新約聖書の書かれた原語はギリシア語です。そのために、聖書の研究家や牧師が使うギリシア語の語彙辞典(lexicon)があります。新約聖書の中で使われているギリシャ語の言葉全てを、一つ一つの色々なニュアンスを含めて、可能性のある意味すべてを説明しているものです。日本語の広辞苑をみて、ひとつの単語を引けば、色々な意味が載っているのに似ています。しかしdoulosということばの持ちえる意味は奴隷という意味だけです。このギリシャ語の語彙辞典をまとめたような、全十巻もあるKittelのTheological Dictionary of the New Testamentがあります。これをみると「この言葉の使われた歴史をたどる必要もないし、その意味について議論する必要もなく、この言葉は奴隷の意味以外で使用されたことはない」とあるほどです。これほどはっきりとしたギリシャ語のことばは他にはないほどです。

ちなみに、聖書で奴隷と訳されている時は、その当時あった事実上の奴隷に対して話している時とか、義の奴隷や罪の奴隷という概念に関して語っている時に限られています。例えば、ローマ書6章20節に「罪の奴隷(douloi)であった時は、あなたがたは義については、自由にふるまっていました。」とある通りです。その一方で、ピリピ書1章1節のように、「キリスト・イエスのしもべ(douloi)であるパウロとテモテから、」といったように、キリストと信徒の個人的な関係を表す時のほとんどが、しもべと訳されています。どちらも、doulosの複数形である同じdouloiが使われていますが、それぞれ、奴隷としもべと違う言葉に訳されているのです。

2. 「しもべ」と訳された由来

現在私たちの間でよく使用されている英語の聖書は、1611年に発刊されたKing James Version(欽定訳)の流れを汲むものが多いようです。もちろん、この欽定訳聖書の大部分は、ウィリアム・ティンダルが英語に訳したティンダル聖書を元にしています。その51年前の1560年のジョン・ノックスとカルバンの訳したジュネーブ聖書から、すでにdoulosをしもべと訳していたようです。

なぜ、このdoulosをしもべと訳したのでしょうか。大きな理由は2つあるようです。一つ目は、中世後期のラテン語の聖書では、このdoulosという言葉は、servusと訳されていました。そのため、servantつまりしもべと訳したようです。また英語に聖書が訳された16世紀の当時、奴隷という意味は、文字通り「鎖につながれた囚人」という意味であったため、聖書で言う奴隷という観念は、しもべという意味のほうが適していたためです。この訳の影響を受けて、ジュネーブ聖書や欽定約聖書、そして現代の聖書も続けて、しもべと訳されてきたわけです。

二つ目は、イギリスと植民地時代のアメリカの奴隷貿易というスティグマのため、翻訳者はこのdoulosをしもべと訳したようです。今の私たちが奴隷という言葉を聞いて思い浮かべる事はギリシャとローマ時代の奴隷制度ではなく、アメリカやイギリスの非人道的な奴隷貿易を思い浮かべてしまうためです。もちろん、出エジプト21章16節の「人をさらった者は、その人を売っていても、自分の手もとに置いていても、必ず殺されなければならない。」とあるように、聖書はこのような奴隷制度を禁止しています。キリストと私たちの関係をそのようなネガティブな考え方だけでとらえることを避けるためもあり、doulosをしもべと訳したようです。

今回は、doulosという言葉が奴隷という意味しか持ち得ないこと、また、実際にしもべと奴隷という二つの異なる意味の言葉に訳されていることを聖書から見ました。そして、しもべと訳された由来についても触れました。しかし、「奴隷」も「しもべ」もどちらも類義語ですが、その訳の違いが21世紀の今のクリスチャンにどのような影響を与えるのでしょうか?次回は、「奴隷としもべの大きな違い」についてその意味を検討し、また、クリスチャンが奴隷であることは、その当時のクリスチャンにだけ当てはまるのかを見ていきます。シェアしてくださると嬉しいです!


参考資料

  • John MacArthur. Slave
  • The New Strong’s Dictionary of Hebrew and Greek Words

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