完全なる生涯, 弁証学

完全なる生涯:一つの福音

「聖書って間違いが無いって言っているのに、何で、イエス様が復活された朝の所は、福音書の間で沢山の食い違いがあるの?」と9歳の長女がマルコの福音書を読み終えた日の、家庭礼拝の時に尋ねてきました。皆さんなら、どの様に答えられるでしょうか?クリスチャンでない方だけでなく、沢山のクリスチャンの方も、聖書には誤りがあって、無数の矛盾が有ると言われます。その大きな理由の一つとして、聖書の読み方のルール(この投稿をご覧ください)を守ることなく読んでしまい、それぞれの福音書にある、このイエス様の復活の朝の記述の中に、明らかに食い違う点が有る、と思われているからです。もし、この福音書の中に、少しでも事実ではなく、誤りや矛盾があるのであれば、聖書は「誤り無き神のことば」とは言えません。もし、聖書に誤りがあるのであれば、マタイ5章18節で「天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません。」と、主が言われた事も信頼する事はできないでしょう。その場合、最終的に行き着く結論は、聖書も詰まる所は人が書いたただの古い書物であり、イエス様の約束も気休めにしかならないという事です。

しかし、主の復活後の出来事も、一見食い違いがあるように見えますが、実際、順序だてて並べて見ると、矛盾なく書かれていることがハッキリと分かります。1つの出来事をマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネのそれぞれの視点から、それぞれのフォーカスによって書かれているのです。John MacArthur牧師が、この4つの福音書をマタイの福音書をベースとして、1つの福音書にまとめた「One Perfect Life」という題の本があります。4つの福音書にある全てのことばが、重複されている箇所は省かれ、順序だてて一つの物語として読む事が出来るのです。

次の投稿では、日本語の聖書を使って「日曜日の朝、空の墓」と題して、一番誤解される箇所を一つにまとめて書き出しました。また、食い違いがあると、よく誤解を招く箇所に説明を注で加えました。もちろん、ここで書き出した出来事の時間経過に誤りがないと言っているのではありません。聖書が神の誤り無きことばであって、その聖書に書かれている事に一切の矛盾がないのです。この試みは、聖書の中に書かれている一見すると矛盾があると思われる箇所も、よく見れば辻褄がシッカリと会うではないかという結論に到達するためです。ですので、この主の復活の朝の投稿を読んでくだされば、確かに、「聖書は神の誤りなきことば」である事に確信を持つことができると思います。また、以前このトピックを扱ったのでご覧下さい。

良ければ、子供達に読んであげたり、この投稿をシェアして下さると嬉しく思います。


みことばの糧「聖書は、神の誤り無きことばであると信じています」と言われる方は多くいらっしゃいます。しかし、そのみことばの意味が分からなければ、神が私達に伝えようとしている事を理解できませんよね。「みことばの意味がみことばである」をモットーに、聖書のみことばの説明とLogos Bible Appのイラストと共にお届けします。聖書箇所の説明は、The MacArthur Study BibleThe Reformation Study Bibleをもとに、簡単な日本語訳をセットにしています。

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