聖書

イエス・キリストを知る:神のことばを聞く

聖書は、約1500年の期間(ca. 1405BC-AD95)をかけて、40人以上の著者によって書かれた、旧約聖書39簡と新約聖書27簡の計66簡からなる一冊の本です。この書物が何故、他の宗教の聖典や歴史書とは違い、神のみことばと言われるのでしょうか。聖書が神のことばであるという客観的な証拠(例えば、科学的、歴史的事実からなど)は別の機会にして、今回は、聖書が神のことばである理由を聖書自体から見ていきたいと思います。

2テモテ3:16「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。」

ここでの「聖書」という言葉は、ギリシア語のγραφή(graphē)すなわち、writing(文書)といった意味です。ユダヤ人の間では、特に旧約聖書を指すものでした。ですから、ここで、テモテへの手紙を執筆したパウロは、おそらく旧約聖書について書いたようです。では、新約聖書も旧約聖書と同じように、神のことばなのでしょうか。ルカ5:1では、イエスが神のことばを語ったとあります。そして、2ペテロ3:2(下記参照)では、預言者たちの語った神からのことばと、主が命じられたことを語った使徒たちのことばが、同等視しています。(他にも、マルコ7:13、使徒4:31、6:2、8:14、11:1なども参考にしてください。)そして、2ペテロ3:15ー16(下記参照)でペテロは、パウロの書いた手紙も聖書と同じように見なしているのです。新約聖書は、使徒とパウロに書かれた書簡が大部分を占めます。このように、新約聖書も神のことばであると聖書は教えているのです。

2テモテ3:16に戻ります。神の霊感による(inspiration, インスピレーション)と有りますが、どのような意味でしょうか。私たちは、インスピレーションと聞くと、歌や詩を作るとき、神様がアイデアを与えてくれたというように使いますよね。人が聖書を書いた時に神がアイデアを与えて、人がそれを書いたのではありません。θεόπνευστος (theopneustos)というギリシア語が使われています。基本的に「神」というθεός(theos)と「風」「風が吹く」「息を吐く」などと訳されているπνέω(pneo)をルートとする言葉からなっています。ですから、直訳では「神のいぶきによる」とありますよね。神の息であるということですが、人は話す時に口から何を出すでしょうか。口に手を当てると息を出していることがわかりますよね。それと同じように、みことばも神の口から出る息、すなわち、ことばであるという事です。インスピレーション(息を吸い込むこと)ではなく、expiration(息を吐き出すこと)という言葉を使った方が的確ですね。

アメリカの改革派の神学者でありプリンストン神学校で1887-1921年まで教えたB.B. Warfieldは、このtheopneustosは、この聖書の一部だけで無く、聖書全体の一つ一つのことばが神によって語られたものであると言われました(逐語霊感、もしくは言語霊感)。イエス様は、さらにマタイ5:18では、一つ一つのことばだけでなく、律法の中の一点一画でも決してすたれないと強調されました。

この2テモテ3:16はどのように聖書が書かれたのかではなく、神がその聖書の第一の著者であるということにフォーカスが置かれています。神の声を聞きたいと言われる方がよくいますよね。神秘的なことをする必要はありません。ただ、聖書を声に出して読んで見てください。

2ペテロ 1:20-21でも、同じことを教えています。(下記参照)

聖書の正しい解釈は神が意図して書かれたことです。しかし、ここでのフォーカスは、聖書の解釈をする時、自分勝手な解釈をしてはいけないということよりむしろ、「聖書のみことばは、人が自分たちの考えや哲学、また誰かの意見や名言集、歴史を書いて残した書物ではなく、何よりも聖霊なる神から与えられた神のことばである」というところです。もちろん、聖書は神が人の身体を機会的に動かして書いたものではありませんが、その著者はまず第一に神御自身であるということです。

ですから、神のことばである聖書は、神御自身が語ったものと同じだと言うことです。神が語られたことばである聖書は、神の御性質をそのまま映し出すものでもあるということです。すなわち、神が真理であり、誤りなく、間違うことの出来ないように、神のみことばである聖書も真理であり、誤りなく、間違うことが出来ないという事です。そして、みことばをどのように捉えるかによって、どのような神様を信じているかが決まってくるのです。次回は、何故聖書を学ぶことが大切なのかを、聖書のみことばから見ていきたいと思います。

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2ペテロ3:2「それは、聖なる預言者たちによって前もって語られたみことばと、あなたがたの使徒たちが語った、主であり救い主である方の命令とを思い起こさせるためなのです。」

2ペテロ3:15ー16「また、私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。それは 、私たちの愛する兄弟パウロも、その与えられた知恵に従って、あなたがたに書き送ったとおりです。その中で、ほかのすべての手紙でもそうなのですが、このことについて語っています。その手紙の中には理解しにくいところもあります。無知な、心の定まらない人たちは、聖書の他の個所の場合もそうするのですが、それらの手紙を曲解し、自分自身に滅びを招いています。」

2ペテロ 1:20-21「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。 なぜなら、預言は決して人間の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からのことばを語ったのだからです。」


参考資料

  • A Concise Dictionary of the Words in the Greek Testament and The Hebrew Bible
  • New American Standard Hebrew-Aramaic and Greek Dictionaries: Updated Edition
  • The Ligonier Ministry, Foundations #5 “Inspiration and Authority of Scripture”
  • The MacArthur Study Bible
  • The New Strong’s Dictionary of Hebrew and Greek Words
  • The Reformation Study Bible

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