神学

奴隷1:聖書の誤訳と真理の隠蔽?

1 聖書の言葉の訳の誤りと真理の隠蔽?

以前、「イエス・キリストを知る:神のことばを聞く」の投稿で説明したように、聖書は神の誤りなきことばです。この聖書は原典において一切の間違えもありません。しかし、原語からそれぞれのことばに訳する際に、全てが正しく原語に忠実に訳されているのでしょうか?実は、ヘブル語とギリシャ語の原語を見れば明らかにも関わらず、この440年間隠蔽されていた聖書の言葉の訳の誤りがあります。その言葉をご存知でしょうか?それは、キリストと信徒の関係を表すのに聖書で最も頻繁に使われる言葉です。その誤訳を見直して、原語に忠実に理解した時、キリストにある信徒の計り知れない神の恵みを垣間見ることができます。この新しいシリーズで今からシェアするこの聖書の教えはある意味ショッキングかも知れません。僕自身、始めて教えられた時、このことは驚きでした。しかし、神との関係がガラッと変わるほどの、このうえもない恵みとなりました。

「あなたは特別、あなたは尊いのです。そう思っておられるのはこの全宇宙を創られたお方、神様です。(四つの法則)」や「神はあなたを愛しておられ、素晴らしい計画を持っておられます。」など、これは伝道で最もよく使われる、福音の紹介文ではないでしょうか。私達は神とどのような関係を持っているのでしょうか?クリスチャンは、よく神と「個人的な関係」を持っていると言います。しかし、事実は、クリスチャンだけでなく、この世で生きている者はみな、良かれ悪しかれ、神との個人的な関係を持っています。サタンでさえも持っていて、身震いしています。ではクリスチャンと神の関係を表すのに、最も適切な表現は何だと思いますか。皆さんは、神の何と答えられますか?神の子どもでしょうか。キリストの友でしょうか。弟子でしょうか。それとも、羊でしょうか。もちろんこれらの表現は、聖書に書かれているとおり全て正しいものです。しかし、キリストとの関係を表すために、聖書で一番頻繁に使われているクリスチャンの自分の呼び名は何だかご存知でしょうか。それは、doulosというギリシャ語で表現されています。この言葉の意味を理解する事なしに、神とクリスチャンの関係を本当に理解する事はできません。この関係を踏まえることなくして、聖書で教えてくれる救いについてもしっかりと理解する事ができないくらい大切なことばです。このことを初めて聞く方にとっては、信仰のあり方そのものが変わるほど、重要なものです。神がなぜ私たちを救ってくださったのか、また生きる目的がはっきりとさせられます。全く新しいかたちで神との関係を見ることができます。神の恵みに、日々さらに感謝せずにはいられなくなるはずです。

それほど大切な、このdoulosの意味は、何でしょうか。神の子どもでも、キリストの友でも、弟子でも、羊でもありません。予想されたかもしれませんが、ちなみに「しもべ(Servant)」でもありません。それは、「奴隷」(Slave)です。「キリストの奴隷だと書かれている箇所はそんなにないではないか。」と言われるかもしれません。まったく、そのとおりです。長い間この言葉の本当の意味は、私たちから隠されていました。驚きですよね。僕自身も驚きました。多くの場合、ギリシャ語本来の意味である「奴隷」ではなく、別のことばが使われています。それは、「しもべ」です。約22種類の英語の聖書が現在出回っています。その中でこのdoulosという言葉を忠実に奴隷と訳しているのものはGoodspeed訳と、もしかしたら、Holman Christian Standard Bibleだけです。ちなみに、ロシア語の聖書などはしっかりと奴隷と訳されています。その他の英語の聖書は、このdoulosという言葉の大部分をしもべと訳しています。残念な事に、日本語の聖書でもそうでした。この言葉は奴隷と訳されて初めて、聖書で教えるキリストと私たちクリスチャンの関係を最も適切に、また的確に現してくれるからです。

この事実は、私達の持っている聖書には私達の知らない誤りが沢山有るということでしょうか?もちろん、違います。聖書は原典において誤りなき神のことばであるが故に、その中には一切の矛盾がありません。現存している写本も原典と99.9%の一致があることが本文批評の視点から科学的にも証明されているそうです。ですので、写本をそれぞれの言葉に訳した時に、このdoulosような誤訳がある場合は、上で触れたキリストと信徒の関係においてのように聖書全体の教えとの一貫性を失ってしまうのです。そのことからも、何処に訳の誤りがあるのかをピンポイントで指摘することができるのです。結果として、今私達が手にしている聖書の訳を正して、原典本来の意味を忠実に反映させることができるのではないでしょうか?

このシリーズでは、まず、この聖書の言葉のギリシャ語の意味や誤訳の由来から初めて、イエス・キリストと信徒の関係を表すこの言葉の特徴について、聖書を基に見ていきます。このシリーズが、皆さんの興味を搔き立てるだけの、ただの豆知識で終わらない事を願います。今まで教えられてきたり、想像していたクリスチャン像と違うというだけで、これは誤りだと断定しないで下さい。ベリヤのユダヤ人のように、果たしてその通りかどうかと、聖書と照らし合わせてください。調査してください。そして、それが真理であるならば、聞くだけで終わらず、日々の信仰の歩みとされることを願います。次の投稿は「奴隷2:本来の意味と誤訳の由来」です。


参考資料

John MacArthur. Slave


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