あかし, 伝道

イエス・キリストを証しする:序曲

「神から遣わされたヨハネという人が現れた。この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。」ヨハネによる福音書1章6−8節

生けるまことの神に出会い、恵みによってすべてを変えられる。その経験を、そして何よりもイエス・キリストを人に伝えたい。その思いから生まれるのが、クリスチャンの証しです。証しは、私たちの人生がどの様に変わったかではなく、私たちの内に働かれる神の恵みのストーリーです。

大体の証しは、3つのパートからなっています。

  1. イエス・キリストに出会う前の自分
  2. キリストに出会ったきっかけと、どのように信仰に入ったか
  3. キリストに出会い、どのように人生が変えられたか

です。

ここで注意をしたいのは、「光についてあかしするため」にとあるように、フォーカスが自分に向けられずに、キリストに向けるということです。よくある証しですが、「以前は酒飲みで夫婦関係も最悪でしたが、イエス様を信じたら酒も辞めることが出来て、夫婦仲も円満になりました。」といったものです。これでは、モルモン教やエホバの証人の方の証しと変わりありません。「この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。」と使徒4章12節にありますが、何故、イエス・キリストでなければいけないのでしょうか。私たちは、誰によって、何から、また誰から救われるのかを記して、その理由をハッキリと伝えなければなりません。イエス・キリストの十字架の死と復活、罪の許しと神との和解、永遠の滅びから永遠のいのちが与えられたことを証しの中で入れ、イエス・キリストをあかしして、福音を述べ伝える機会にしてみてはいかがでしょうか。

「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」2 コリント人への手紙4章5節

クリスチャンの方の証しをここからシェアしていきたいと思います。

Hiroki T.

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