みことばの糧, 福音, 伝道

みことばの糧:ルカによる福音書9章23節

イエスは、みなの者に言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。24節:自分のいのちを救おうと思う者は、それを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを救うのです。25節:人は、たとい全世界を手に入れても、自分自身を失い、損じたら、何の得がありましょう。

Luke 9:23–25 (ESV): And he said to all, “If anyone would come after me, let him deny himself and take up his cross daily and follow me. For whoever would save his life will lose it, but whoever loses his life for my sake will save it. For what does it profit a man if he gains the whole world and loses or forfeits himself?

ここで、主が初めて「十字架」に付いて、弟子たちに触れた所です。弟子たちにとっては、荒々しい侮辱的な死を連想させた言葉です。主は彼らから、それがたとえ死で終わるとしても絶対的な献身と、他の者達に宣べ伝えるメッセージの一部としてこのように全てを明け渡すように呼びかける事を、要求していたのです。 これと同じ、生死をかけたキリストに対する忠誠心を呼びかけるのは、マタイ16:24; マルコ 8:34; ルカ 9:23; 14:27でも繰り返されています。自分自身を捨てる信仰を持ってキリストの元に来る者には、まことと永遠のいのちがあるのです。The MacArthur Study Bibleから。
ここからは、投稿者です。「弟子となる」ことと「イエスを信じて救われて信徒となる」ことは、違うと言われる方がおられます。中には、火災保険のように、簡単に主イエスを信じることを勧める方もおられます。ルカ13章23ー24節では、弟子たちに「救われる者は少ないのか」という質問に対して、「努力して、狭い門から入りなさい。…はいろうとしても、はいれなくなる人が多いのです。」と答えられています。主の未信者に対する信仰への招きは、誰も表面的について来ない様に、スタンダードをとても高く置かれているかのようです。また、24節と25節を見れば明らかですが、自分自身をキリストの為に捨てて、従って行くことなしには、永遠のいのちを得る事ができないとあります。それ以外の解釈ができるでしょうか?もちろん、罪の中にあり、霊的に死んでいる生まれながらの人はみな、聖霊なる神が新たないのちを与えて下さらない限り、誰も自分を捨てて主について行くことは出来ません。この世的なクリスチャンと霊的なクリスチャンという違いが、1コリント3章の誤った解釈のもとに作られたのはこの最近の事であって、聖書からの教えとは違うのです。キリストの為に全てを捨てるという事が、福音にどのようにつながるかを「イエス・キリストを知る:神の麗しさを仰ぎ見て神を喜ぶ」で説明していますので、是非目を通して下さいね。
Matthew 10:38 (MSB): take his cross. Here is Jesus’ first mention of the word “cross” to His disciples. To them it would have evoked a picture of a violent, degrading death. He was demanding total commitment from them—even unto physical death—and making this call to full surrender a part of the message they were to proclaim to others. This same call to life-or-death devotion to Christ is repeated in 16:24; Mark 8:34; Luke 9:23; 14:27. For those who come to Christ with self-renouncing faith, there will be true and eternal life (v. 39). The MacArthur Study Bible

ビクトリアから聖書の核となるメッセージ、イエス・キリストの福音お届けします!

完全なる生涯」と題して、イエス・キリストの、人としての地上での歩みを、1つの福音書としてまとめるシリーズを始めました。また、「みことばの糧」と題して「みことばの意味がみことばである」をモットーに、聖書のみことばの説明とLogos Bible Appのイラストと共にお届けします。聖書箇所の説明は、The MacArthur Study Bible、The ESV Study BibleやThe Reformation Study Bibleをもとに、簡単な日本語訳をセットにしています。


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